消化性潰瘍: 胃炎および消化性潰瘍: メルクマニュアル18版 日本語版
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Sidney Cohen, MD
消化性潰瘍は,消化管粘膜の一部,通常,胃(胃潰瘍)または十二指腸の最初の数cmの部分(十二指腸潰瘍)に生じるびらんで,粘膜筋板を貫通する。ほぼ全ての潰瘍がヘリコバクター-ピロリ感染またはNSAID使用に起因する。通常,症状として心窩部の灼熱痛があり,この疼痛はしばしば食事により軽減する。診断は内視鏡検査およびヘリコバクター-ピロリの検査により行う。治療として,酸分泌抑制およびヘリコバクター-ピロリ除菌(存在する場合)を行い,NSAID使用を避ける。
潰瘍の大きさは,数mmから数cmにわたる。潰瘍は,貫通の深さでびらんと区別される;びらんは表在性で粘膜筋板には達していない。潰瘍は,乳児期および小児期を含むどの年齢層にも発生しうるが,中年成人に最も多くみられる。
病因と病態生理
ヘリコバクター-ピロリおよびNSAIDは,正常な粘膜防御および修復を妨げ,このため粘膜が酸の影響を受けやすくなる。十二指腸潰瘍患者の80〜90%および胃潰瘍患者の70〜90%にヘリコバクター-ピロリ感染が認められる。消化性潰瘍再発率は,酸分泌抑制薬単独投与患者では70%であるのに対して,ヘリコバクター-ピロリ除菌患者では10〜20%に過ぎない。
喫煙は潰瘍およびその合併症発生の危険因子である。また,喫煙は潰瘍治癒を妨げ,再発率を上昇させる。リスクは1日当たりの喫煙本数と相関する。アルコールは酸分泌を強力に促進するが,中等量のアルコールが潰瘍発生または潰瘍治癒遅延に関連しているという決定的なデータはない。ガストリン分泌過剰(消化管の腫瘍: ゾリンジャー-エリソン症候群を参照 )患者はほとんどいない。
十二指腸潰瘍のある小児の50〜60%に家族歴が存在する。
症状と徴候
症状は潰瘍の部位および患者の年齢によって異なり,多くの患者,特に高齢患者は,ほとんど症状がないか全く症状がない。疼痛は最も一般的な症状で,しばしば心窩部に限局し,食物または制酸薬の摂取で軽減する。疼痛は,やけつくような痛み,かじられるような痛み,時に空腹感と表現される。通常,慢性および再発性の経過をとる。特徴的な症状パターンを示す患者は約半数に過ぎない。
胃潰瘍の症状は,しばしば一貫したパターンをとらない(例,摂食は時に疼痛を軽減しないで悪化させる)。これは幽門部潰瘍について特に言えることで,しばしば浮腫および瘢痕に起因する閉塞の症状(例,鼓腸,悪心,嘔吐)を伴う。
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十二指腸潰瘍では,比較的一貫した疼痛が起こる傾向がある。疼痛は患者が目覚めたときにはないが,午前中に出現し,食事により軽減するが,食事の2〜3時間後に再発する。患者は疼痛のため夜間に目覚めることが多く,これは十二指腸潰瘍を強く示唆する。新生児では,穿孔および出血は十二指腸潰瘍の最初の症状発現と考えられる。乳児期後期および幼児期においても,出血は最初に認識される徴候と考えられるが,繰り返される嘔吐または腹痛の所見が手がかりとなることがある。
診断
消化性潰瘍の診断は,患者の病歴から示唆され,内視鏡検査で確定される。しばしば確定診断なしに経験的治療が開始される。しかしながら,内視鏡検査によって,胃および食道病変の生検またはブラシ擦過細胞診が可能となり,単純性潰瘍と潰瘍形成型の胃癌を鑑別できる。特に,45歳以上の患者,体重減少のある患者,重症または難治性症状の患者では,胃癌は同様の症状を示すことがあり,除外する必要がある。悪性十二指腸潰瘍の発生率は極めて低いので,一般にその領域の病変を生検する必要はない。潰瘍が検出された場合,ヘリコバクター-ピロリ感染を調べるべきであるが,内視鏡検査はこの感染の確定診断にも使用できる。
多発性潰瘍を認める場合,潰瘍が非典型的な部位(例,球後部)に発生した場合または治療抵抗性である場合,患者に著明な下痢または体重減少が認められる場合には,ガストリン産生悪性腫瘍およびゾリンジャー-エリソン症候群を検討すべきである。これらの患者については,血清ガストリン値を測定すべきである。
合併症
出血: 軽度から重度の出血は,最も頻度の高い消化性潰瘍の合併症である。症状として,吐血(鮮血または"コーヒー残渣"様物質の嘔吐);血性便または黒色タール便(それぞれ血便,下血)の排泄;失血による衰弱,起立性低血圧,失神,口渇,発汗がある。
消化性潰瘍は胃壁を穿通することがある。癒着によって腹腔内への漏出が妨げられれば,開放性穿孔は回避され,被覆穿孔が生じる。それでもなお,潰瘍は十二指腸を貫通し,隣接する閉鎖域(小網)または他の臓器(例,膵臓,肝臓)に達することがある。疼痛はおそらく激しく持続性で,腹部以外の部位(潰瘍が十二指腸後壁を貫通して膵臓に達した場合は通常背中)に放散し,体位によって変化する。診断の確定には通常CTまたはMRIが必要である。内科的治療で治癒しない場合には,外科手術を要する。
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開放性穿孔: 癒着が起こらず腹腔内に穿孔する潰瘍は,通常,十二指腸前壁,頻度は低いが胃に生じる。患者は急性腹症を示す。激しい持続性の心窩部痛が突然に起こり,急速に腹部全体に広がり,しばしば右下腹部で顕著になり,時に片側または両側の肩に放散する。深呼吸でさえ疼痛を悪化させるため,患者は通常,横臥して動かない。腹部の触診は疼痛を伴い,反跳圧痛が著明で,腹筋は硬直し(板状),腸音は減弱または消失している。続いてショックが起こることがあり,脈拍数増加,血圧低下,尿量減少が先触れとなる。高齢患者,重篤な患者,コルチコステロイドまたは免疫抑制薬投与患者では,症状がそれほど著明でないことがある。
X線で横隔膜下または腹腔内に遊離ガスを認めれば,確定診断となる。胸部および腹部の立位像が望ましい。胸部側面X線が最も感度が高い。重症患者は背筋を伸ばして座れないことがあり,腹部側臥位X線像を得るべきである。遊離ガスが検出されなくても本疾患の診断は除外されない。
直ちに外科手術を行う必要がある。遅くなるほど予後は不良になる。外科手術が禁忌の場合は,代わりに経鼻胃管からの持続吸引および広域スペクトルの抗生物質投与を行う。
幽門閉塞: 閉塞は,潰瘍による瘢痕,痙攣,炎症に起因することがある。症状としては,反復性の大量嘔吐があり,この嘔吐は1日の終わりに比較的頻繁に起こり,しばしば最後の食事の6時間後に起こる。食後の持続性の鼓腸または膨満を伴う食欲不振も幽門閉塞を示唆する。長期の嘔吐は,体重減少,脱水,アルカローシスを引き起こすことがある。
患者の病歴が閉塞を示唆する場合,身体診察,胃吸引,またはX線検査によって胃内容物停留を示す所見が得られることがある。食後6時間以上経過して振水音が聞こえる場合または一晩絶食後に200mL以上の水分または食物残渣が吸引される場合は,胃貯留が示唆される。胃吸引で著明な貯留を認めれば,閉塞の部位,原因,程度を確定するために,胃を空にして内視鏡検査またはX線検査を行うべきである。
活動性幽門部潰瘍による浮腫または痙攣は,経鼻胃管吸引による胃減圧および酸分泌抑制(例,H2ブロッカー静脈内投与)により治療する。長期の嘔吐または経鼻胃管による持続吸引に起因する脱水および電解質平衡異常は精力的に調べて補正すべきである。消化管運動機能改善薬の適応とはならない。一般に,閉塞は治療後2〜5日以内に消失する。長期の閉塞は消化性潰瘍瘢痕に起因することがあり,内視鏡的幽門バルーン拡張術が奏効することがある。特定の症例では,閉塞の軽減に外科手術を要する。
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再発: 潰瘍の再発に影響を及ぼす因子として,ヘリコバクター-ピロリ除菌の失敗,NSAID使用,喫煙がある。頻度は低いが,ガストリン産生腫瘍(ゾリンジャー-エリソン症候群)が原因であることもある。胃および十二指腸潰瘍の1年再発率は,ヘリコバクター-ピロリ除菌が成功した場合は10%未満であるが,失敗した場合は60%以上である。したがって,再発患者については,ヘリコバクター-ピロリの検査を行い,陽性であれば再除菌を実施すべきである。
H2ブロッカー,プロトンポンプ阻害薬,またはミソプロストールによる長期治療で再発のリスクは減少するが,これを目的として常用することは勧められない。しかしながら,吻合部潰瘍患者または穿孔もしくは出血の既往のある患者と同様に,消化性潰瘍発症後にNSAIDを必要とする患者も長期治療の適応となる。
胃癌: ヘリコバクター-ピロリ関連潰瘍患者は,後年に胃の悪性腫瘍を発症するリスクが3〜6倍高い。他の病因の潰瘍では悪性腫瘍のリスク増加は認められない。
治療
胃および十二指腸潰瘍の治療としては,胃液酸度を低下させるほか,ヘリコバクター-ピロリが存在する場合は除菌を行う必要がある(see also the Cochrane review abstract: eradication therapy for peptic ulcer disease in Helicobacter pylori positive patients)(胃炎および消化性潰瘍: 治療を参照 )。十二指腸潰瘍では,夜間の酸分泌を抑制することが特に重要である。
酸度を低下させる方法として,多数の薬物が挙げられ,それらは全て有効であるが,費用,治療期間,投与の利便性の点で異なる。さらに,粘膜保護薬(例,スクラルファート)および酸分泌を減少させる外科的手技を使用してもよい。薬物療法については,胃炎および消化性潰瘍: 胃酸に対する薬物療法で考察。
補助療法: 喫煙は中止し,アルコール摂取は中止または少量の希アルコールに限定すべきである。食事の変更で潰瘍治癒が促進される,または再発が予防されるという証拠はない。したがって,多くの医師は苦痛を引き起こす食物だけを除去するよう勧めている。
手術: 現在の薬物療法によって,手術を必要とする患者の数は激減した。適応症としては,穿孔,閉塞,コントロール不良または再発性出血,および薬物療法に反応しない症状がある。
手術は酸分泌を減少させることを目的とした手技を行い,しばしば胃ドレナージを確実にするための手技を併施する。十二指腸潰瘍に対して推奨される手術は,高度選択的または壁細胞迷走神経切断術である(胃体部の神経のみを切断し,前庭部の神経支配を残すので,ドレナージ手技が不要となる)。この手技は死亡率が非常に低く,切除術および従来の迷走神経切断術に伴って起こる病的状態を回避する。酸分泌を減少させる他の外科的手技として,幽門洞切除術,胃半切除術,胃部分切除術,および胃亜全摘術(すなわち,遠位胃の30〜90%切除)がある。これらは通常,全迷走神経切断術と併用して行われる。切除術施行患者または閉塞患者は,胃十二指腸吻合術(ビルロートⅠ)または胃空腸吻合術(ビルロートⅡ)による胃ドレ ナージを要する。
術後症状の発生率および種類は,手術の種類によって異なる。切除術後,最大30%の患者に体重減少,消化不良,貧血,ダンピング症候群,反応性低血糖,胆汁性嘔吐,機械的障害,潰瘍再発など,顕著な症状が認められる。
体重減少は胃亜全摘術後に多くみられ,患者は早期満腹感のため(残胃が小さいため)またはダンピング症候群および他の食後症候群を予防するために食物摂取を制限することがある。残胃が小さいので,中等量の食事でも胃膨満または不快感が生じることがある;より少量の食事をより頻回にとるよう患者に勧めるべきである。
特にビルロートⅡ吻合術と併施する膵胆管バイパスに起因する消化不良および脂肪便は,体重減少の一因となることがある。
貧血は一般的にみられ(通常は鉄欠乏によるが,内因子欠乏または輸入脚での細菌異常増殖に起因するビタミンB12欠乏によることもある),骨軟化症が起こることもある。ビタミンB12筋肉内投与は全ての胃全摘術施行患者に推奨されるが,欠乏が疑われる場合は胃亜全摘術施行患者にも投与するとよい。
ダンピング症候群は,胃の外科手術,特に切除後に起こりうる。食直後,特に高張性食物の摂取後に,衰弱,めまい,発汗,悪心,嘔吐,動悸が起こる。この現象は早期ダンピングと呼ばれ,その原因は不明であるが,自律神経反射,循環血液量の減少,小腸からの血管作動性ペプチド放出が関与すると考えられる。少量の食事を頻回にとり,炭水化物の摂取を減らすことが通常有用である。
反応性低血糖または後期ダンピング(症候群の別の形態)は,残胃からの急速な炭水化物排出によって起こる。早期の高い最高血糖値によってインスリン過剰分泌が起こり,食事から数時間後に症候性低血糖を来す。高蛋白低炭水化物食および適切なカロリー摂取(少量を頻回に摂取)が推奨される。
機械的障害(胃不全麻痺および胃石形成など―胃石および異物: 胃石を参照 )は,胃運動第Ⅲ相性収縮の減少に続発して起こることがあるが,この胃運動第Ⅲ相性収縮は幽門洞切除術および迷走神経切断術後に変化する。 下痢は,迷走神経切断術後に特に多くみられ,切除術を併施しない場合(幽門形成術)でも起こる。
潰瘍再発率は,高度選択的迷走神経切断術後5〜12%,切除術後2〜5%である。再発潰瘍は,内視鏡検査で診断し,一般にプロトンポンプ阻害薬またはH2ブロッカーが奏効する。再発を繰り返す潰瘍については,迷走神経切断の完全性を胃液検査で調べ,ヘリコバクター-ピロリが存在すれば除菌し,血清ガストリン測定によりゾリンジャー-エリソン症候群を除外すべきである。
最終改訂月 2007年1月
最終更新月 2005年11月
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